名前 | アントニー・マルシャル (Anthony Martial) |
国 | フランス |
生年月日 | 1995年12月5日 |
身長 | 184cm |
体重 | 76kg |
ポジション | MF/WG |
利き足 | 右 |
マンチェスター・Uでプレーするフランス代表アントニー・マルシャルのプレースタイルや経歴をまとめた。
マルシャルのプロフィール
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— Alexis Martial (@AlexisMartial_) December 7, 2019
マルシャルは1995年12月5日にフランスのエソンヌで、移民の両親の末っ子として誕生。恥ずかしがり屋な性格でテレビに夢中になってしまう子どもでした。
彼がサッカーに出会ったきっかけは、フランスのレジェンドであるティエリ・アンリ。アンリの故郷であるレ・ジュリスから、近いところに住んでたおかげでより親近感があったかもしれない。
これまでのキャリア
マルシャルはアンリの足跡を辿るように、レ・ジュリスのユースチームに参加する。子どもの頃から卓越したサッカーセンスを披露し、瞬く間に知名度が上がった。
そして、14歳のころにリヨンのユースへと移籍する。このとき、アレクサンドル・ラカゼットとチームメイトになり、リヨンのユースを支えた。
リヨンへ移籍したU-17の2年目には21試合に出場して32ゴールを挙げ、U-17フランス代表にも招集されることになる。
リヨンからモナコへ
アンリの軌跡を辿るように、2013年6月30日、マルシャルもモナコへと移籍。ラダメル・ファルカオやハメス・ロドリゲスらと前線を活気づけていた。
14-15シーズンは、18歳ながらもリーグ戦35試合に出場して9ゴールをマークした。
最大5,200ポンドでマンチェスター・Uへ
フランスの大器は、2015年9月1日にマンチェスター・Uへ最大5,200万ポンドで移籍する。
現在(2022年5月18日)の日本レートであれば、83億円にものぼる。マンチェスター・Uは、まだ若かったマルシャルをとても評価していたことがわかる。
当時監督だったルイ・ファン・ハールからは、高すぎる移籍金に対して「馬鹿げている」と述べていたが、初シーズンからコンスタントに出場していく。
15-16シーズンはリーグ戦31試合に出場して11ゴール4アシスト。プレミアリーグの初シーズンは苦しむ選手が多い中で、立派な結果を残した。その後のシーズンも30試合近く出場して10ゴール付近の数字を残している。
しかし、21-22シーズンはマルシャルにとって衝撃的な結果となる。
完全に戦力外でセビージャへレンタル
21-22シーズンからポルトガルのレジェンドであるクリスティアーノ・ロナウドがユベントスから移籍。それにより、ポジションが被ってしまうマルシャルは出場機会を少しずつ減らしていった。
また、守備意識の低さやオフザボールの鈍感さなどが批判され、ファンからの信頼も失いつつあった。
そして、シーズン途中にオーレ・グンナー・スールシャールが解任され、暫定監督となったラルフ・ラングニックからはベンチも立入禁止に。
マルシャルはワールドカップ招集のためにプレーを求め、手を差し伸べたのがスペインの強豪・セビージャだ。
最初はマンチェスター・Uを知るファンからは懐疑的な声が聞こえていたが、自陣深くまで守備へと戻るなどレッドデビルズ時代を払拭する献身さを見せている。
代表
U-16から各年代をフランス代表としてプレーしている。しかし、フル代表では大きな大会に出場できていないでいる。直近の2018年ロシアワールドカップでは、予備登録メンバーとして登録されている。
家族
マルシャルは17歳のころにサマンサ・ジャクリーヌさんと出会い、その後結婚します。若き素晴らしいカップルには、2人の娘にも恵まれ、順風満帆な家庭だと思われていた。
しかし、マンチェスター・Uへ移籍したころに2人の関係は破綻していた。マルシャルはモデルとの不倫が明らかになり、サマンサさんと離婚。彼女はインタビューでこのように答えた。
「全ては変わったわ。サッカー選手は、イングランドでは『キング』のようなもの。彼らはとても大きなお金を稼ぎ、関心を受ける。違う世界に生きているような人間よ。
彼(アントニ・マルシャル)は脚光を浴び、全ては爆発した。若い女性が彼のもとに飛び込んでいった」
https://news.livedoor.com/article/detail/11892822/
典型的な大金を手に入れた若者だったマルシャル。
マルシャルのプレースタイル
マルシャルは、ウィンガーやセンターフォワードが主戦場になる。縦や中への切込みなどを得意としている。イメージとしては、ドリブル大好きだった若きクリスティアーノ・ロナウドに近いだろう。
ドリブルを起点にフィニッシュに持ち込んでいく形がもっとも多いプレーだ。そのかいもあってか、19-20シーズンにはリーグ戦32試合に出場し17ゴール6アシストと好成績を残した。
しかし、前述したとおり、守備意識の低さは玉に瑕。現代サッカーでは前線からのプレスが重要にも関わらず、それを怠ってしまうクセがあった。完全に過去の典型的なウィンガーと印象が強い。でも、セビージャでは現代サッカーに順応するような動きをみせている。