偉大なる海外サッカーのレジェンド10選【オレ流人選】

偉大なる海外サッカーのレジェンド10選【オレ流人選】

「海外サッカーのレジェンドって誰?」この疑問を払拭するために、編み出した企画記事です。

日本サッカーのレジェンドは分かるけど、本場のヨーロッパや南米のレジェンドって知らない人が多いと思います。

そんなかたは、ぜひ、本記事で海外サッカーのレジェンドたちを知ってください。

注意として、ペレ、マラドーナ、クライフ、ベッケンバウアー、ジーコなど誰もが知る古めのレジェンドは紹介していません。

2003年以降に活躍したレジェンドを紹介しています。比較的新しい時代のレジェンドですので、サッカー大好きな友人たちとの会話に出していただけたら幸いです。

知って欲しい!海外サッカーのレジェンド10選

あくまで個人的な感性でレジェンドと言っているだけですので、ご注意ください。

ティエリ・アンリ

名前ティエリ・アンリ
(Thierry Henr)
代表フランス
主な所属クラブアーセナル、バルセロナ
生年月日1977年8月17日
ポジションFW
利き足

私を海外サッカー好きにしてくれた思い出の選手。アーセナルのプレミアリーグ無敗優勝メンバーの1人であり、フランス代表では歴代最多となる51得点を記録しています。

また、02-03のプレミアリーグでは24ゴール20アシストを達成してしまうバケモノっぷり。18-19シーズンのアザール(16G15A)も凄かったですが、アンリに比べたら...(自重)

ティエリ・アンリは、とにかく速い・上手い・クール・ヘディングはNG、という選手です。左サイドから爆走して、インフロントでファーへのゴールはもはや芸術の域。

オーバーヘッドなど派手さはないものの、徹底した左サイドからファーは「何度でも見れちゃう!」と病みつきになります。

ちなみにアンリのベストゴールは、05-06シーズンのチャンピオンズリーグ決勝T1stLegレアル・マドリード戦。気持ちがいいくらいぶっちぎっていましたよ。

1試合通しても活躍していて「戦術アンリ」とか言われていましたね(笑)

デニス・ベルカンプ

名前デニス・ベルカンプ
(Dennis Bergkamp)
代表オランダ
主な所属クラブアヤックス,アーセナル
生年月日1969年5月10日
ポジションFW
利き足

ベルカンプは、クライフとファン・バステンに並ぶオランダの最高レジェンド枠として崇められています。

ただベルカンプは、優れたフットボールの才能を持ちながらも「飛行機に乗れない」という弱点がありました。それ故に、クライフの「フライングダッチマン」をもじって、「ノン・フライング・ダッチマン」と呼ばれていました。

主にベルカンプが活躍したのは、96年から2006年まで在籍していたアーセナル時代。アーセナルの無敗優勝時はアンリらと前線を支えていました。

卓越したゲームメイク、ゴールを演出する決定的なアシスト、ゴールへパスするかのような優しいシュート、そして変態トラップ。これがベルカンプという選手です。

個人的にベルカンプの最高ゴールは、01-02のニューキャッスル戦。もうね、アート。初見の人は度肝を抜かれると思いますので、ぜひ見てください。

著作権の関係で貼れませんが、「ベルカンプ ニューキャッスル」と調べたらヒットします。

ロナウド

名前ロナウド・ルイス・ナザーリオ・デ・リマ
(Ronaldo Luís Nazário de Lima)
代表ブラジル
主な所属クラブインテル、レアル・マドリード
生年月日1976年9月22日
ポジションFW
利き足

「歴代最高のセンターフォワードと言えば?」と聞かれたら、いの一番に挙げるのがブラジルのロナウド。クリスティアーノじゃないフェノメーノ(超常現象)のほうです。

速い・強い・ゴール決める・キレッキレ、極端にいえば、ウサイン・ボルトのスピードにブラジル流のサッカーテクニックがある選手です。

ただ、怪我に泣かされキャリアのピークは2年間(バルセロナとインテル時代)と言われています。でも、その2年間が記憶に残るプレーの連続。

96-97シーズンのバルセロナでは、初シーズンで37試合出場34得点を記録し得点王に輝きました。当時、監督だったボビー・ロブソン監督は「私の戦術はロナウドだ」と明言しちゃうほど。

インテル時代には、初シーズンで25ゴールをあげてセリエA1年目の外国人最多ゴール記録を樹立しバロンドールに輝きました。

ドイツのダイスラー、アルゼンチンのアイマール、など怪我に泣かされた天才は多くいますが、ロナウド以上に「怪我がなかったら」と後悔した選手は未だいません。

ロナウジーニョ

名前ロナウジーニョ
(Ronaldinho)
代表ブラジル
主な所属クラブバルセロナ
生年月日1980年3月21日
ポジションFW
利き足

私がこれまで見てきた選手の中で、最高のナンバー10はロナウジーニョです。懐古厨と自覚していますが、メッシよりもすごい10番はロナウジーニョ以外考えられません。

シンプルにロナウジーニョは、メッシよりも試合を見ていておもしろかったんです。奇想天外なトリッキーなプレーに、毎回ワクワクしていました。

メッシもめちゃくちゃ凄いんですが、メッシにはないドキドキ感というのがあったと思います。

ロナウジーニョのゴールで特に思い出深いのは、04-05シーズン決勝T1回戦2ndLegチェルシー戦。ロナウジーニョらしい独特のフェイントからのトーキック。世界が一瞬止まったようなゴールでした。

DAZNで配信されていましたので、見たことがない人は見てください!

【UEFAチャンピオンズリーグ】ロナウジーニョ/伝説となった“ダンス”からのトーキックシュート|チェルシー vs バルセロナ 2004-05シーズン|#UCLあのゴールをもう一度 - YouTube

それと05-06シーズン、レアル・マドリードのホームであるサンチャゴ・ベルナベウで2ゴールをあげ、マドリディスタから拍手喝采を浴びてライバルサポーターも脱帽させました。

クロード・マケレレ

名前クロード・マケレレ
(Claude Makélelé)
代表フランス
主な所属クラブレアル・マドリード、チェルシー
生年月日1973年2月18日
ポジションMF
利き足

カンテやマチュイディなど、フランスは優れた守備的MFを排出してきました。そのなかで、一番凄いと思っているのがクロフォード・マケレレ。

レアル・マドリードからチェルシーへ移籍した間も無く、レアル・マドリードは失点が増加し、チームにとってマケレレの依存度が高かったにも関わらず放出したペレス会長に批判が集まったほどでした。

チェルシー時代はモウリーニョの下でプレーをし、シーズン最高の選手と言わしめました。

数字上では目立ったデータはありませんが、広範囲に守備へと走った渋い選手です。マケレレのように、チームのために汗をかく選手はマジで評価されるべきだと思いますね。

ファビオ・カンナヴァーロ

名前ファビオ・カンナヴァーロ
(Fabio Cannavaro)
代表イタリア
主な所属クラブユベントス
生年月日1973年9月13日
ポジションDF
利き足

カンナヴァーロはDF選手として、ベッケンバウアー、マティアス・ザマーにつぐバロンドーラー。しかし、2人はリベロでしたのでほぼMFでプレー。そのため、純粋なDFとしてはカンナヴァーロが初と言われています。

現代サッカーは、ビルドアップ力や足元の技術が問われていますが、カンナヴァーロ時代はシャットアウト力が問われていました。

その点カンナヴァーロは、インターセプト・先読み・ボール奪取力に優れていたプレイヤーです。

「この人、対面したら抜けないんじゃね?」みたいな雰囲気までありました。だからこそ、バロンドールを取ったんですけどね。

またキャリアも美しく、セリエA、リーガ、ワールドカップなど主要タイトルも獲得。順風満帆なサッカー人生を歩んできたと思います。

ジーダ

名前ジーダ
(Dida)
代表ブラジル
主な所属クラブACミラン
生年月日1973年10月7日
ポジションGK
利き足

とても記憶に残っているキーパーがACミランで活躍したジーダ。ブッフォンと並んで評価され、ワールドクラスのGKと呼ばれていました

しかし、ロナウドのように全盛期は短かったことでも有名です。

ただ、全盛期のジーダは本当にすごかった。長い手足に身長195cmと恵まれた体格に加え、反射神経が抜群だったんです。そのため、PKストップ率は高く、ゴール隅のきわいどシュートもブロックできるGKでした。

当時、学生だった私はジーダのPKにワクワクさせられたものです。どんな場面でも「ジーダなら大丈夫じゃね?」と思わせてくれました。

それこそ、イスタンブールの奇跡と呼ばれた04-05CL決勝のシャビ・アロンソのPK。結果的にリバプールのゴールでしたが、しっかりとアロンソのPKシュートをブロックしていましたからね。

蹴った後に反応している感じがして、あれこそジーダの全盛期の象徴だったと思います。

パオロ・マルディーニ

名前パオロ・チェーザレ・マルディーニ
(Paolo Cesare Maldini)
代表イタリア
主な所属クラブACミラン
生年月日1968年6月26日
ポジションDF
利き足

ザ・キャプテン。世界最高の左サイドバックと称され、ACミラン時代は模範となり続けた選手。イタリア代表でも98年・02年のワールカップでキャプテンマークを巻いていました。

マルディーニは何かに突出した能力はなかったですが、総合的に優れていました。スピード・ディフェンス力・キャプテンシー・闘争心・戦術理解力、サッカーに必要な能力をすべて持っていた印象があります。

数字では、W杯フル出場記録23試合・出場時間2217分はともに歴代1位。イタリア代表では、マルディーニが必要とされていました。

生涯ACミランを貫いた男気もあり、日韓W杯の韓国戦で頭を蹴られようともプレーし続ける根性(マジでこの時の韓国は許さねぇ)、高い人間性を兼ね備えた選手でした。

ディディエ・ドログバ

名前ディディエ・イヴ・ドログバ・テビリー
(Didier Yves Drogba Tébily)
代表コートジボワール
主な所属クラブチェルシー
生年月日1978年3月11日
ポジションFW
利き足

アフリカ大陸には、素晴らしい選手がたくさんいます。私が知っている思い出の選手であるオコチャ、カヌー、トゥーレ兄弟、比較的新しい選手であればモハメド・サラーやサディオ・マネ。歴史に残るスーパープレイヤーが数多くいます。

そのなかでも、一番の選手はディディエ・ドログバです。

チェルシーでは2度の得点王に輝き、通算164ゴールはクラブ4位(2020年2月時点)また、11-12シーズンのチャンピオンズリーグでは、決勝のバイエルン戦で同点ゴールをあげ優勝に貢献。

なお、この時のゴールが私のドログバベストゴール。

87分、マタからのコーナーキックからヘディングで合わせての同点ゴール...からのPK戦で、自分が決めて優勝を決める。まさにドログバの試合でした。記録にも記憶にも残る最高のアフリカ人選手だと思います。

スティーブン・ジェラード

名前スティーヴン・ジョージ・ジェラード
(Steven George Gerrard)
代表イングランド
主な所属クラブリバプール
生年月日1980年5月30日
ポジションMF
利き足

やはり最後はこの人、スティービーことスティーブン・ジェラード。精度の高い長短のパス、キャプテンシー、そして代名詞のミドルシュート。

23歳のときにキャプテンマークを託され、リバプールファンの心をがっちり掴み、歴代最高のキャプテンと言われています。

リバプールでは通算710試合出場186ゴールの成績を残し、イスタンブールの奇跡と呼ばれている04-05チャンピオンズリーグ決勝では、反撃の狼煙となる1点目をあげました。

あのときのゴールパフォーマンスには鳥肌が立ったことを思い出します。あわせて、同年のオリンピアコス戦のゴールも鳥肌ものです。詳細は下記の記事で紹介していますので読んでみてください。

ジェラードのプレースタイルや経歴
ジェラードってどんな選手だった?プレースタイルや経歴をまとめてみた

続きを見る

まとめ

個人的に思い出に残っているレジェンド選手10名でした。知っている選手が多いとは思いますが、もし、知らない選手がいたらその選手のプレー動画をチェックしてみてください。きっと心を奪われると思います。

また、サッカー好きの会話に上記選手の名前を出せば、「おっ!この人知っているな」アピールができるので、ぜひ友人や知人との会話にお使いください!

もっと深くレジェンド選手を知りたい方は、「レジェンド選手のプレースタイル」もチェックしてください。1人の選手にフォーカスしてプレースタイルなどを解説しています。

 

あわせて読みたい記事

  • この記事を書いた人
プレミアリーグ伝承記

PLAYERs運営者

いい歳したおっさん。社会人歴10年。年間50試合ほど海外サッカーを楽しんでいます。特にプレミアリーグを愛しています。詳しいプロフィールはコチラ「運営者情報

-まとめ・特集
-

Copyright© PLAYERs , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.